人々の拠り所をかたちにしたOMOKEN PARK

商店街のビルの谷間にはさまれて建つ平屋のカフェ

この小さなカフェには、熊本大震災で倒壊した建物のオーナーが、新たにカフェとして建物を再建するまでの汗と涙の物語が詰まっています。

 

 

カフェは通りからセットバックした前庭を持ち、カフェの奥には中庭が垣間見られます。室内は中庭まで通り抜けられるトンネル状の空間です。天井も手前から奥に向けて段々状に低くなっていて、天井の段差を利用したハイサイドライトが設けてあります。

実に単純明快な空間構成ながら、様々な建築的工夫が効果的に組み込まれていて、居心地のよい人々の拠り所を生み出しています。

 

 

カフェを通り抜けた先にある中庭

正面と両側を背の高いビルに囲まれることで生まれた空間はアーケードに覆われた商店街に開放感のある空を提供しています。包まれながらも空へ開いた中庭は室内以上に心地よい空間で、ニューヨークのペイリーパークを連想させます。

と思ったら、ビルのオーナーから声をかけられ、このビルの経緯を詳しく説明いただくことになりました。図らずもオーナーの口から出てきたのはやはり、ペイリーパークヤン・ゲールなどの名前。

建築やまちづくりの専門家でなければ、およそ知るはずのない名前をなぜこの人は知っているのか・・・?

驚きととともに親近感を感じつつ話をお聞きすると、様々な人とのつながりの中からこのカフェに命を吹き込むアイディアやヒントを吸収されてきたことがわかりました。そこには、資金難や商店街の既成概念などに苦しみながらも、この土地への愛着とまちへの情熱があふれていました。

そんなオーナーが展開するこのカフェでは、毎月様々なイベントが企画されていて、市民活動の交流拠点のような場になっています。それは、まるでリアルなSNSのようであり、建築はさながらそれを体現するハードケースのような存在です。

くわしくはこちら  OMOKEN PARK

 

カフェの屋根は屋上デッキになっていて、建築のボリュームを抑えることで生まれた余白を実にポジティブに活用しています。そして屋上デッキはアーケード空間につながっていて、まるで吹き抜けから商店街を往き交う人たちを見下ろすような楽しげな空間です。(右端の人物がビルのオーナー)

 

 

屋上デッキから見下ろしたアーケード空間

一般的に商店街にあるお店は、一旦中に入ると閉じた空間になっていて、通りとのつながりが絶たれた独立した閉鎖空間となりがちです。しかし、この敷地におけるカフェと屋外空間にはその閉塞感はまったくなく、まちとつながって、清々しい開放感に満たされています。

様々な壁を乗り越えながらこの場所における思いをかたちにし、さらに前進していくオーナーと、その思いに応え、限られた予算で見事に空間を生み出した建築家、実にあっぱれです!

 

 

無垢の美しさをもつ通潤橋

アーチ橋の中央から勢いよく吹き出す水が圧巻の通潤橋

石造りのアーチがとても美しいですが、それだけではなく、橋の中央から水が吹き出すというのは、見たことのない唯一無二の光景です。何年も前に雑誌の写真で見かけて以来、いつかこの放水を見に行ってみたいと思っていましたが、今回の視察でようやくそれが叶いました。

 

 

世にも珍しいこの橋が造られたのは、1854年。ペリー来航の翌年という実に歴史ある橋です。この橋が造られた目的は、写真左側の小笹地区の水源から右側の白糸大地に農業用水を送るため。当時、白糸大地には湧水以外に水源がなかったが、この水道橋によって100ヘクタールもの棚田を潤したそうです。

 

 

長さ76mの橋の中には1m角の石 管が通っています。この石管に詰まったゴミを洗い流すために、定期的に放水を行っているそうです。(実際には年1回程度だそうですが、現在は観光用に年間を通して放水が行われています)

詳しいスケジュールはこちら ※2024年のもの

 

 

水面からの高さ20m、美しい弧を描くアーチ橋は周囲の自然風景と見事に調和しています。この橋は生活を支えるために造られた純粋な土木構造物です。そこには作者の表現欲や主張は微塵も存在せず、だからこそ、まったく雑念のない無垢の美しさを獲得できたのでしょう。

 

 

時を経て、愛着が深まる建築

あけましておめでとうございます

早速ですが、昨年完成した 湯や晴ル音 と OTONARI CAFE をホームページにアップしました。それぞれ場所や規模、用途は少し異なりますが、どちらも空間と時間をゆったりと過ごせる場所にこだわってデザインしています。

 

今年は、既存住宅のリノベーション(上のパース)、新築住宅2件(一部店舗付)、神社の社務所建替えの4件が進行中です。

どの住宅も建主の深いこだわりがあり、神社には歴史の重みがしっかりと詰まっています。その思いや歴史を受け止めて、時を経てもなお愛着が深まる建築となるよう、時間をかけてコツコツとスタディを進めていきます。

本年もどうぞよろしくお願いします。

 

 

OTONARI CAFE

湯野温泉 湯や晴ル音

今年一年を振り返って

 

2024年もあと2日、当事務所も今日で仕事を納めます。

今年は、昨年から続いてきた湯野温泉の温浴施設の工事が無事完成し、4月1日に「湯屋晴ル音」としてオープンしました。

穏やかな湯野の自然風景の魅力を引き出し、その風情を感じながら、ゆったりと過ごせる場所をデザインしました。この場から新たな交流が生まれることを期待しています。

 

6月には、これまでの仕事を雑誌 建築ジャーナルに掲載いただき、事務所設立から25年の節目となりました。

 

11月には病院をコンバージョンしたカフェがオープン。かなりのローコストで大げさなことはしていませんが、ゆったりと過ごせる場所になるようこだわった空間です。 OTONARI  CAFE(周南市新堀6676−9)

 

現在、4つのプロジェクトが同時進行で進んでおり、来年の春以降、順次工事が始まる予定です。どれも個性的なプロジェクトで、その個性が魅力となり、住み続けるにつれて愛着につながっていく、そんな建築をめざしていきます。

皆さんにとっても、心豊かに過ごせる年となりますように。来年もどうぞ宜しくお願いします。

 

 

珈琲回廊

引き続き熊本建築視察のレポートです。熊本城下に残る呉服町、その一角にある古い商家をリノベーションした珈琲回廊

元々の建物もなかなかの風格がありますが、その個性を殺すことなく、現代的な機能に見事に生まれ変わらせています。

 

 

お店に入ると床や壁のモルタルに褐色の骨組みが落ち着いた雰囲気を作っています。

 

 

お店の中央は吹き抜けになっていて、力強い梁の奥に小屋組を現しにした2階の空間が広がっています。

新たに加えられた吹抜け回りの手すりも古い木材と同じ色で合わせ、新旧の対比ではなく、古い空間へ合わせた統一感が意識されています。しかし、過去の質感を保ちながらも、ダイナミックな空間構成は決して保守的ではありません。

 

 

 

2階のギャラリー兼カフェ空間

こちらは1階以上に暗めの空間で、窓からにじむ光をツヤありの床に反射させて空間に拡散し、小屋組を構成する部材を美しく引き立てています。それらはもはや構造上の骨組みという意味を超えてオブジェに昇華しています。

 

 

1階のレジカウンター

こちらもシンプルでアノニマスなモルタル仕上。表面は均一ではなく塗りムラを生かすことで骨太の力強い空間にも負けない荒々しさがうまくバランスしています。

 

 

 

カウンターの上にディスプレイされているのは和のお菓子たち

どれも個性的で、空間のセンスに負けず劣らずクオリティが感じられます。

 

 

カウンターの足元もセンスを感じるディテールになっています。これらの一つ一つは決して高価な素材ではないのに全く安っぽくなくまとめられており、デザイン感度の高さを感じます。

 

 

古い柱梁の接合部と構造補強用の金物の取合せ

部材の粗さからみて、この部分はもともとは天井裏に隠れていたものと思います。ざっくりとした接合部には大工が作り出した力強さがあり、せっかく見せるのであれば、金物などの不純物はつけたくないところでしょうが、それを黒く塗ることで、既製品のもついやらしさをあっさりと消し去っています。

一般の人には目につかない地味な部分ですが、こんな些細なところにも手を抜かずデザインしています。経営センスとデザイン感覚、そして何より地元に注ぐ熱い思いをもったオーナーと、空間にまとめたデザイナーの力を感じる建築でした。

 

 

OTONARI CAFE オープンします

突然ですが、義姉のカフェが明日オープンします。

長らく東京で暮らしていた義姉からカフェを始めたいと話があったのが3年前。父親の診療所だった建物を改修してカフェにアレンジすることに。それから少しずつ計画を練りこんでいきました。

 

 

30坪ほどの結構広いスペースですが、あまり予算をかけられないので、軽めの改装です。春から改修工事を進め、仕上げの塗装はみんなで汗を流し、私も久々に腕を振るいました(笑)。そして、この秋にようやく改装が完了しました。

通りから少し奥まったところにあるので、ちょっとした隠れ家的なカフェです。「いつもとなりで寄り添える場所でありたい」 というのがお店のコンセプト。どうぞ、お気軽にお立ち寄りください。

OTONARI  CAFE

https://www.instagram.com/otonaricafe/

場所:周南市新堀6676−9(旧五島整形外科 1階)

 

 

熊本城 特別見学通路

熊本のシンボル 熊本城

加藤清正の築城による天守は勇壮でかつ優美な姿をしています。歴史を辿ると、天守は明治期の西南戦争の際に火災で焼失し、現在見る天守は1960年に、市民の熱意によってSRC造で再建されたという経緯を持ちます。

 

 

しかし、2016年の熊本地震により天守閣を含む城郭全体が大きく損傷、その後天守はいち早く修復され、2021年に再び元の姿を取り戻しました。

 

 

城郭をめぐる特別見学通路

熊本地震では天守を含む城郭全体が大きく被害を受けており、全体の修復には30年以上かかるそうです。

その間、貴重な観光資源でもある熊本城が見学できないのは地域経済にも大きな痛手となるため、修復工事を進めながら、そのプロセスも見学できるようにするために、この見学通路が作られることになりました。

城郭をめぐる見学通路は地上6m の空中回廊で全長350mほどあります。   通路を支える柱や基礎は、歴史的遺構を傷つけないよう、また工事動線の邪魔にならないように細心の注意を払いながら設計されたそうです。

 

 

通路を支える大アーチ架構もその一つです。通路の床を支える梁は手すりを兼ねたトラス状のフレームになっていて、構造と意匠、そして機能が調和したデザインは、殺風景な仮設通路とは違い、景観上も配慮されています。

 

 

見学通路から見える数寄屋丸

建物を支える石垣の中間部分が崩落し、建物が歪んでしっくい壁に亀裂が入っているのがわかります。

本来であれば、工事用シートで覆われて見ることができないはずの被災建築物を見学できることによって、地震の被害をリアルに体感することができるのです。

 

 

工事しながら見学できるのは、まるでサグラダファミリアのようですが、この見学通路で再建されていくプロセスを見せることによって、熊本地震の凄まじさを実感するとともに、再建されていく未来への希望も見い出すことができるのです。

再建にかかる長い時間と、それによって少しずつ蘇っていく熊本城。それは、まさに不滅の城であり、熊本市民にとっての永遠の存在となるのでしょう。

 

 

神水公衆浴場

 

菱形状に組まれた梁が目を引く軒天井は、ガラスを透して室内までつながっています。上階の屋根はボールト形状で、窓も含めた厳格な左右対称の構成は、紛れもなく建築家のデザインです。

 

 

しっかりとデザインされたこの建築、実は公衆浴場です。しかも、経営しているのは構造設計事務所の所長という異例の組合せです。

所長の黒岩氏はもともとこの神水の地で生まれ育ち、地元に根ざして設計活動を行っていたところに2016年の熊本地震で被災。その際に地域の人たちが風呂に入れずに苦労していたのを見て、自宅の再建にあたって、地域貢献のために自宅の1階を銭湯にしたとのこと。なんという志でしょう!

とは言え、この時代に銭湯経営はなかなか容易ではないはず。自宅風呂の普及や燃料費の高騰などで銭湯は年々数が減っています。

一方でここ数年、新たな付加価値を加えた銭湯のニューウェーブともいえるような動きが全国各地で興っています。地域貢献と防災拠点という視点から生まれたこの銭湯も、建築的なユニークさを併せ持つ銭湯としてとても興味深い存在です。

 

 

建築的な興味もくすぐる銭湯にいざ入浴! 浴場の天井も菱形の骨組みが現しになっていて壮観です。

「重ね透かし梁」という伝統構法を応用した構造は、震度7を2回も経験した構造設計者としてのこだわりが形になったものでしょう。

 

 

洗い場から浴槽まで一体の人研ぎ仕上げが新鮮な懐かしさを感じさせます。腰壁上の銭湯絵もなかなかユニークで、いろいろとこだわりが詰まっています。

災害支援や地域交流など、行政の手が行き届きにくいまちの細部において、人と人のつながりから組み立てていった建築のあり方は、過去のアートポリスとは一味違う建築の新たな方向性を示しているようです。