人間にとって大切なものや本当の豊かさとは?

昨年秋から10回にわたりレポートしてきた熊本視察、今回見学した建築がもつ意味を改めて振り返ります。

建築の文化的な価値の向上を目指して始まった熊本アートポリス事業からまもなく40年、日本が最も元気だったバブル期に始まった時代性もあり、著名な建築家がデザインを競い合う博覧会のような建築が、地方に文化的な刺激を提供しつつも、地域や人のくらしとはどこか遊離したよそよそしさを感じさせました。

その後、日本は長い経済の低迷期が続き、地方は高齢化と人口減少が進みました。そのような状況下に起こった熊本大震災で、地域はさらに大きなダメージを受けました。

一方で、バブルを経験した日本人は、様々な豊かな経験を通じて、多様な価値に触れ、個人が自立した価値観を持つようになり、地方でも地域独自の文化に視点を持って表現される建築が生まれるようになってきました。

上の写真「喫茶 竹の熊」は、まさにローカルな地域の持つ豊かさを丹念に見つめ、その豊かさを建築を通して表現しています。特に斬新でも派手でもない、昔からある当たり前の構法を使いながら、地域の環境と調和する空間構成で新たな価値を生み出しています。

 

 

熊本市内にある神水公衆浴場は、震災での経験から生まれたコミュニティの再生事業のような存在です。個人個人が独立し、コミュニティが希薄になった現代にあえて共同性を持ち込み、住民同士をつなぐ地域の欠かせない拠り所をつくっています。

 

 

古い商家をリノベーションした珈琲回廊は、まちへのプライドを感じさせる秀作です。バブル時代は新しいものが是であり、古いものや過去のものには目が向けられませんでしたが、ここでは地域の歴史的な価値をしっかりとリスペクトし、現代の価値とも上手に融合させて再生させるという、優れた感性とデザイン力に満ちています。

 

 

震災で建物が倒壊した敷地にカフェというかたちで新たな交流拠点を生み出したOMOKEN PARKは、収益を最大化する商業主義建築とは真逆の最小建築で、それによって生まれる心地よい余白がまさにみんなの公園となり、ここに集う人をいざない、商店街に新たな風を吹き込んでいます。

これらの建築には派手なデザインや見た目の斬新さは見当たりませんが、自然や歴史、コミュニティなどがもつ地域独自の価値を丹念に読み取り、人とくらしをより豊かなかたちでつなぐ場となっています。

人間にとって大切なものとはなにか? 本当の豊かさとはどのようなものか? それを改めて考えさせてくれる貴重な機会となりました。

 

 

人々の拠り所をかたちにしたOMOKEN PARK

商店街のビルの谷間にはさまれて建つ平屋のカフェ

この小さなカフェには、熊本大震災で倒壊した建物のオーナーが、新たにカフェとして建物を再建するまでの汗と涙の物語が詰まっています。

 

 

カフェは通りからセットバックした前庭を持ち、カフェの奥には中庭が垣間見られます。室内は中庭まで通り抜けられるトンネル状の空間です。天井も手前から奥に向けて段々状に低くなっていて、天井の段差を利用したハイサイドライトが設けてあります。

実に単純明快な空間構成ながら、様々な建築的工夫が効果的に組み込まれていて、居心地のよい人々の拠り所を生み出しています。

 

 

カフェを通り抜けた先にある中庭

正面と両側を背の高いビルに囲まれることで生まれた空間はアーケードに覆われた商店街に開放感のある空を提供しています。包まれながらも空へ開いた中庭は室内以上に心地よい空間で、ニューヨークのペイリーパークを連想させます。

と思ったら、ビルのオーナーから声をかけられ、このビルの経緯を詳しく説明いただくことになりました。図らずもオーナーの口から出てきたのはやはり、ペイリーパークヤン・ゲールなどの名前。

建築やまちづくりの専門家でなければ、およそ知るはずのない名前をなぜこの人は知っているのか・・・?

驚きととともに親近感を感じつつ話をお聞きすると、様々な人とのつながりの中からこのカフェに命を吹き込むアイディアやヒントを吸収されてきたことがわかりました。そこには、資金難や商店街の既成概念などに苦しみながらも、この土地への愛着とまちへの情熱があふれていました。

そんなオーナーが展開するこのカフェでは、毎月様々なイベントが企画されていて、市民活動の交流拠点のような場になっています。それは、まるでリアルなSNSのようであり、建築はさながらそれを体現するハードケースのような存在です。

くわしくはこちら  OMOKEN PARK

 

カフェの屋根は屋上デッキになっていて、建築のボリュームを抑えることで生まれた余白を実にポジティブに活用しています。そして屋上デッキはアーケード空間につながっていて、まるで吹き抜けから商店街を往き交う人たちを見下ろすような楽しげな空間です。(右端の人物がビルのオーナー)

 

 

屋上デッキから見下ろしたアーケード空間

一般的に商店街にあるお店は、一旦中に入ると閉じた空間になっていて、通りとのつながりが絶たれた独立した閉鎖空間となりがちです。しかし、この敷地におけるカフェと屋外空間にはその閉塞感はまったくなく、まちとつながって、清々しい開放感に満たされています。

様々な壁を乗り越えながらこの場所における思いをかたちにし、さらに前進していくオーナーと、その思いに応え、限られた予算で見事に空間を生み出した建築家、実にあっぱれです!

 

 

無垢の美しさをもつ通潤橋

アーチ橋の中央から勢いよく吹き出す水が圧巻の通潤橋

石造りのアーチがとても美しいですが、それだけではなく、橋の中央から水が吹き出すというのは、見たことのない唯一無二の光景です。何年も前に雑誌の写真で見かけて以来、いつかこの放水を見に行ってみたいと思っていましたが、今回の視察でようやくそれが叶いました。

 

 

世にも珍しいこの橋が造られたのは、1854年。ペリー来航の翌年という実に歴史ある橋です。この橋が造られた目的は、写真左側の小笹地区の水源から右側の白糸大地に農業用水を送るため。当時、白糸大地には湧水以外に水源がなかったが、この水道橋によって100ヘクタールもの棚田を潤したそうです。

 

 

長さ76mの橋の中には1m角の石 管が通っています。この石管に詰まったゴミを洗い流すために、定期的に放水を行っているそうです。(実際には年1回程度だそうですが、現在は観光用に年間を通して放水が行われています)

詳しいスケジュールはこちら ※2024年のもの

 

 

水面からの高さ20m、美しい弧を描くアーチ橋は周囲の自然風景と見事に調和しています。この橋は生活を支えるために造られた純粋な土木構造物です。そこには作者の表現欲や主張は微塵も存在せず、だからこそ、まったく雑念のない無垢の美しさを獲得できたのでしょう。

 

 

珈琲回廊

引き続き熊本建築視察のレポートです。熊本城下に残る呉服町、その一角にある古い商家をリノベーションした珈琲回廊

元々の建物もなかなかの風格がありますが、その個性を殺すことなく、現代的な機能に見事に生まれ変わらせています。

 

 

お店に入ると床や壁のモルタルに褐色の骨組みが落ち着いた雰囲気を作っています。

 

 

お店の中央は吹き抜けになっていて、力強い梁の奥に小屋組を現しにした2階の空間が広がっています。

新たに加えられた吹抜け回りの手すりも古い木材と同じ色で合わせ、新旧の対比ではなく、古い空間へ合わせた統一感が意識されています。しかし、過去の質感を保ちながらも、ダイナミックな空間構成は決して保守的ではありません。

 

 

 

2階のギャラリー兼カフェ空間

こちらは1階以上に暗めの空間で、窓からにじむ光をツヤありの床に反射させて空間に拡散し、小屋組を構成する部材を美しく引き立てています。それらはもはや構造上の骨組みという意味を超えてオブジェに昇華しています。

 

 

1階のレジカウンター

こちらもシンプルでアノニマスなモルタル仕上。表面は均一ではなく塗りムラを生かすことで骨太の力強い空間にも負けない荒々しさがうまくバランスしています。

 

 

 

カウンターの上にディスプレイされているのは和のお菓子たち

どれも個性的で、空間のセンスに負けず劣らずクオリティが感じられます。

 

 

カウンターの足元もセンスを感じるディテールになっています。これらの一つ一つは決して高価な素材ではないのに全く安っぽくなくまとめられており、デザイン感度の高さを感じます。

 

 

古い柱梁の接合部と構造補強用の金物の取合せ

部材の粗さからみて、この部分はもともとは天井裏に隠れていたものと思います。ざっくりとした接合部には大工が作り出した力強さがあり、せっかく見せるのであれば、金物などの不純物はつけたくないところでしょうが、それを黒く塗ることで、既製品のもついやらしさをあっさりと消し去っています。

一般の人には目につかない地味な部分ですが、こんな些細なところにも手を抜かずデザインしています。経営センスとデザイン感覚、そして何より地元に注ぐ熱い思いをもったオーナーと、空間にまとめたデザイナーの力を感じる建築でした。

 

 

熊本城 特別見学通路

熊本のシンボル 熊本城

加藤清正の築城による天守は勇壮でかつ優美な姿をしています。歴史を辿ると、天守は明治期の西南戦争の際に火災で焼失し、現在見る天守は1960年に、市民の熱意によってSRC造で再建されたという経緯を持ちます。

 

 

しかし、2016年の熊本地震により天守閣を含む城郭全体が大きく損傷、その後天守はいち早く修復され、2021年に再び元の姿を取り戻しました。

 

 

城郭をめぐる特別見学通路

熊本地震では天守を含む城郭全体が大きく被害を受けており、全体の修復には30年以上かかるそうです。

その間、貴重な観光資源でもある熊本城が見学できないのは地域経済にも大きな痛手となるため、修復工事を進めながら、そのプロセスも見学できるようにするために、この見学通路が作られることになりました。

城郭をめぐる見学通路は地上6m の空中回廊で全長350mほどあります。   通路を支える柱や基礎は、歴史的遺構を傷つけないよう、また工事動線の邪魔にならないように細心の注意を払いながら設計されたそうです。

 

 

通路を支える大アーチ架構もその一つです。通路の床を支える梁は手すりを兼ねたトラス状のフレームになっていて、構造と意匠、そして機能が調和したデザインは、殺風景な仮設通路とは違い、景観上も配慮されています。

 

 

見学通路から見える数寄屋丸

建物を支える石垣の中間部分が崩落し、建物が歪んでしっくい壁に亀裂が入っているのがわかります。

本来であれば、工事用シートで覆われて見ることができないはずの被災建築物を見学できることによって、地震の被害をリアルに体感することができるのです。

 

 

工事しながら見学できるのは、まるでサグラダファミリアのようですが、この見学通路で再建されていくプロセスを見せることによって、熊本地震の凄まじさを実感するとともに、再建されていく未来への希望も見い出すことができるのです。

再建にかかる長い時間と、それによって少しずつ蘇っていく熊本城。それは、まさに不滅の城であり、熊本市民にとっての永遠の存在となるのでしょう。

 

 

神水公衆浴場

 

菱形状に組まれた梁が目を引く軒天井は、ガラスを透して室内までつながっています。上階の屋根はボールト形状で、窓も含めた厳格な左右対称の構成は、紛れもなく建築家のデザインです。

 

 

しっかりとデザインされたこの建築、実は公衆浴場です。しかも、経営しているのは構造設計事務所の所長という異例の組合せです。

所長の黒岩氏はもともとこの神水の地で生まれ育ち、地元に根ざして設計活動を行っていたところに2016年の熊本地震で被災。その際に地域の人たちが風呂に入れずに苦労していたのを見て、自宅の再建にあたって、地域貢献のために自宅の1階を銭湯にしたとのこと。なんという志でしょう!

とは言え、この時代に銭湯経営はなかなか容易ではないはず。自宅風呂の普及や燃料費の高騰などで銭湯は年々数が減っています。

一方でここ数年、新たな付加価値を加えた銭湯のニューウェーブともいえるような動きが全国各地で興っています。地域貢献と防災拠点という視点から生まれたこの銭湯も、建築的なユニークさを併せ持つ銭湯としてとても興味深い存在です。

 

 

建築的な興味もくすぐる銭湯にいざ入浴! 浴場の天井も菱形の骨組みが現しになっていて壮観です。

「重ね透かし梁」という伝統構法を応用した構造は、震度7を2回も経験した構造設計者としてのこだわりが形になったものでしょう。

 

 

洗い場から浴槽まで一体の人研ぎ仕上げが新鮮な懐かしさを感じさせます。腰壁上の銭湯絵もなかなかユニークで、いろいろとこだわりが詰まっています。

災害支援や地域交流など、行政の手が行き届きにくいまちの細部において、人と人のつながりから組み立てていった建築のあり方は、過去のアートポリスとは一味違う建築の新たな方向性を示しているようです。

 

 

熊本地震震災ミュージアム 展示棟

アクロバティックな造形が目を見張る建築は震災ミュージアムKIOKU     パッと見ただけでは空間構造がどうにもつかみきれません、

 

 

施設の全体マップ                      (熊本地震震災ミュージアムKIOKU ホームページより)

弓なり状の細長い三角形平面の展示棟を2つ繋げたような、なんとも独創的な造形です(図中右側のオレンジ色の部分) 

平面形状を見る限り、動線がそのまま空間になったような建築で、展示をするためのまとまった空間がとりにくそうにも見えますが、果たして室内空間はいかに・・・

 

 

 

実際に中に入ってみると・・・

写真の奥が展示室入口で、天井も低く通路の幅ほどの大きさしかありませんが、そこから末広がりに空間が膨らんで、展示スペースにたどり着きます。

3次元的に抑揚のある空間造形でありながら、不思議と違和感はなく、気がつくと、自然と展示空間にたどり着いていた、といった空間になっていました。

 

 

 

展示室入口から展示室内を見たところ

展示室は入口から膨らむとともに大きな開口部で阿蘇の風景と一体となった空間になっています。それは閉鎖型の展示空間とはまったく異なる固有の場所性をもったもので、震災とともにこの場の記憶が刻まれていくようです。

 

 

 

外観も独創的ですが、阿蘇特有の雄大な風景と呼応するランドスケープのような建築となっています。

そして、唯一無二のデザインは、場所から自立した概念的なものではなく、しっかりとリアリティを持っていて、新たな建築の可能性を感じるものでした。

 
 

熊本地震震災ミュージアム 震災遺構

 

2016年の熊本地震で破損した東海大学阿蘇キャンパスの校舎

各階の床には激しく亀裂が入り、サッシュは歪み、ガラスが割れています。損壊した校舎は記憶をつなぐ震災遺構として、そのままの状態で保存されています。

今回、ボランティアガイドの説明などで、震度7の前震と本震の間に、さらに震度6の余震に2回もあっていたことを知りました。想像を絶するとはこのことですが、地震を引き起こした活断層がそれまで未知の存在であったことを考えれば、改めて日本のどこで同じことが起こってもおかしくないことを肝に命じなければと思うのです。

 

 

地表に現れた断層                            

長さ50mにも及ぶ断層が校舎のすぐ目の前まで達しており、この断層が校舎を貫いて建物を大きく破壊したことがわかります。

 

 

割裂したコンクリートの柱

阪神大震災でも同様の破壊状況をテレビや雑誌などで見て知ってはいましたが、実際に破壊された建物を直に見ると、その凄まじさがまざまざと感じられます。

 

 

校舎は損壊した建物の両側も含め3棟の建物がつながっていました。写真右が損壊した中央棟。両側の建物は地震の3年前に耐震補強されていたそうで、ほとんど被害は見られません。この建物を残してくれたことで、改めて耐震補強の重要性も肌で感じることができました。

東日本大震災の震災遺構や太平洋戦争の遺構である原爆ドームなど、建物は災害や戦争による悲惨さをダイレクトに伝えてくれるとても貴重な存在です。被災された方にはとても辛い存在ではありますが、それでも残された建物は、生きている我々にとって、未来への大きな教訓を示してくれる存在でもあります。

 

 

喫茶 竹の熊

水庭に映る空、そしてその向こうに広がる田園風景

阿蘇山の裾野に位置する熊本県南小国町。豊富な水源に恵まれた小国の里に現れた桃源郷のような喫茶竹の熊。JR九州観光まちづくりAWARD2024の大賞を受賞した、熊本の新たな観光スポットです。

コの字型平面の建築は、山里の風景を最大限に味わうことができるように開放されており、建築によってこの場所のもつ美しさが最大化されています。

 

 

アプローチから室内の喫茶室につながる回廊

細身の骨組み、道路側の視線を制御するために足元だけを開放した土壁、そして田園に向かって架けられた深い軒。衒いのないさりげないつくりですが、余分も不足もない清々しい空間です。

 

 

 

回廊から見た室内の喫茶室

高さを抑えた深い軒下空間が水面に映り込み、建築から水庭、そして田園風景へと空間がゆるやかにつながって、雑味のない調和した風景となっています。

 

 

 

喫茶室の大ガラスを通して望む里山の風景

喫茶室の床は地面を掘り下げてあり、まるで水面に浮かんでいるよう。低い視線から仰ぎ見る風景に広がりが感じられます。

 

 

 

おおらかに開放された吹きさらしの空間

水庭をはさんで喫茶室の向かい側に設けられた半屋外の喫茶空間は、高床になって田園に突き出しており、パノラマ的な開放感がとても気持ちのいい空間です。

細身の柱に支えられた屋根と光を反射する床のみで、ほとんど主張が見えないにもかかわらず、いや主張が見えないからこそ生まれる、風景と一体の気持ちよさ。もし、このあとの予定がなければ、日がな一日、ずっとここで過ごしていたい・・・、そう思えるほどのおおらかでのどかな場所でした。

 

 

 

屋根を支える架構

参加者の間でも話題が飛び交うほどの華奢な骨組は、構造的にどのように処理されているのか?残念ながら解読することはできませんでしたが、空間構成からディテールに至るまで、ギリギリまで突き詰めてデザインされた緊張感には、同じデザインをするものにとって、とても深い刺激となりました。

 

 

太宰府天満宮仮本殿

屋根一面がまるで小さな森のよう・・・

熊本視察へ向かう途中に太宰府天満宮へ寄り道しました。現在本殿の改修中で、本殿の代わりに参拝できる期間限定の仮本殿が建てられています。設計は、大阪万博の大屋根リングで知られる藤本壮介が担当。

藤本氏は若い頃から斬新なコンセプトと建築表現で頭角を現し、最近は国際的なコンペでも活躍めざましい建築家です。ただ、大胆なコンセプトによる建築表現は、プロジェクトの巨大化とともにやや密度が落ちているようにも感じていました。

この仮本殿も建築雑誌で見る限り、緑を載せた屋根の派手さだけが際立つようで、果たして実際の建築はどうなのか、気になっていました。

 

 

仮本殿を横から見るとこんな感じです。建築単体としての存在感が際立っており、境内の伝統的な建築や空間から完全に自立しているようにも見受けられます。

しかし、これはあくまで脇から見た姿。本殿は、なにより正面性が重要な建築で傾斜の急な緑の屋根は、長い参道を歩いてきた参拝者をしっかりと受け止めるためのものでした。そして、それは下の写真でより納得できるものでした。

 

 

楼門をくぐったところで見えるのがこの景色です。

屋根に載せられた緑のボリュームが回廊の外側の緑や遠くの山並みと一体となった風景を創り出しています。建造物としては確かに異質ですが、不思議と違和感を感じません。仮設建築にもかかわらず、普遍性を感じるデザインでした。