熊本大震災以降の建築について

おびただしい数の石が広場を埋め尽くしています。

建築の設計や施工に携わる地元有志でつくる住まいづくりの会、年に一度の視察旅行で熊本の建築を見て回りました。写真の石は2016年の大震災で被災した熊本城の石垣のものです。熊本の建築といえばアートポリスが有名ですが、今回は「震災以降の熊本」を軸に、県内の建築を巡りました。震災やコロナ禍を経て、人間と建築の関係はどのように変わりつつあるのか?いくつかの建築とともにレポートしていきます。

 

 

 

闇が生み出す光のドラマ

これぞ「陰翳礼讃」という空間

日下部民藝館、表通り沿いの座敷です。                  格子と障子による二重のフィルターを透過した弱い光が拡散するデリケートな空間です。現代のような隅々まで光で満たされた空間と違い、広さも距離感も捉えきれないほど曖昧です。視覚的な情報が抑制されることによって生まれる精神性の高い空間がここにはあります。

 

 

 

中庭からの日差しが差し込む座敷

こちらもほの暗い空間ながら、中庭に繁る木々を通り抜けたわずかな光がガラスを透過して宝石のように輝き、闇のような座敷に奇跡的な瞬間が現れています。

闇が存在することで生まれる光のドラマ                  現代社会が忘れかけている静かで深く心を打つ美がここには息づいています。

 

 

 

確かなプライド

妻側から差し込む光によってほのかに浮かび上がる小屋組

江戸時代、幕府の天領となった高山市で、御用商人として栄えた日下部家。明治8年の大火で一旦焼失し、その後に建てられたのは、江戸期の伝統様式を生かした壮観な造りです。

 

 

高山の豪雪から屋根を支える小屋組は格子状に組まれ、赤松の巨木を使った牛梁でしっかりと支えられています。

豪商の財力と飛騨の匠によって生み出された大空間には、うわべの豪華さだけではない確かなプライドを感じられます。

 

 

 

まち並みのもつ価値

通り沿いに置かれた緑の鉢植え                      それぞれの家の前に置かれた鉢植えは手入れが行き届き、潤いのある気持ちのいい通りが形成されています。

まち並みというのは、みんなでつくるもの。                決して一人だけの力で生み出せるものではありません。

そこにくらす人々が美意識を共有し、日々の手入れを怠らずに継続することで成り立つもの。その協調と努力の積み重ねの総和がかけがえのない風景となって現れます。それは、単体の建築とは違う、価値の重みがあります。

 

ちなみにこちらは、2007年に訪れた南フランスのアンティーブ旧市街。石造りの古い建物が連なる細い路地には、高山と同様に、それぞれの家ごとに緑が配されて心地よい雰囲気を提供しています。

歴史や文化は違えど、美しく心地よいまち並みには、共通のエッセンスが感じられます。

 

        

工芸品のような町並み

早朝の高山旧市街

日中は観光客でにぎわうこの界隈に朝の静けさが漂います。         通りの奥まで連なる町並みは、路地も含めた空間全体がひとつの工芸品のようです。ひとつひとつの町家の美しさだけでなく、通り全体で生み出された調和が日本有数の町並みを形作っています。

個と全体の調和、貫かれた美意識、その美意識を維持していくことの大変さも含めて、経済に流されず、かつ経済との両立を実行しているこの町並みが現代の日本にあることに希望を感じます。

 

グラントワと内藤廣

水平のプロポーションがとても美しいグラントワの中庭
 
 
 
 
 
 
中心に水盤が配された45m角の中庭は市民に開放された
おおらかでとても気持ちのいい公共空間です。
 
 
 
 
 
 
グラントワのある益田市人口5万ほど、
このような小さな地方都市で
これほど豊かなオープンスペースはなかなか存在しないかもしれません。
 
この豊かな空間をデザインしたのが建築家の内藤廣氏、
昨日、NHKの日曜美術館で、その内藤さんが特集されました。
 
日曜美術館(見逃した方は今度の日曜日、午後8時から再放送あり)
 
 
 
 
 
 
グラントワでは現在、内藤廣氏の展覧会
 
内藤さんがこれまで実現してきたした建物、
そして残念ながら実現されなかった設計案など
膨大な量の図面・スケッチ、そしてリアルな模型とともに
建築に込めた思いに触れることができます。
 
ちなみに、わがまち周南市の徳山駅前図書館も展示されています。
 
 
 
 
 
 
展覧会初日には内藤さんの講演会も開かれ
グラントワを設計したときの経緯や設計のこだわりなどを聴くことができました。
 
展覧会は12月4日(月)まで長期間、開催されています。
 
地方都市でこれほどの規模の展覧会はとても貴重で
しかも建築家自身が設計した建物とともに見学できるのは
なかなかない機会でしょう。
 
建築やまちづくりに興味のある方は
ぜひ見学に行かれることをお薦めします。
 
 
 
 
 
 
そして、こちらはおまけですが・・・
 
グラントワから車で10分ほどのところにある
うどんの自販機コーナー
 
NHKのドキュメント72時間でも放送された
知る人ぞ知るスポットです。
 
 
 
 
 
 
とてもオーソドックスなうどんやそばですが
なぜかホッとするおいしさがじわーっと心に染みます。
 
 
 
 
 
 
無人の休憩スポットは最低限のしつらえしかありませんが
気軽で美味しい食べ物、椅子とテーブル、気持ちいい川沿いの空間という
最強の三点セットが整った穴場スポットです。
 
混み合うほどの賑わいではないけれど
なぜか立ち寄る人の絶えない、
エッセンスのあるコミュニテイスペースです。
 
 
 


 

 

”わざわざ” 行ってきました

長野県東御市の山の上にあるパンと日用品のお店、わざわざ
手作り感のある素朴な看板が迎えてくれます。
 
 
 
 
 
 
 
矢印の奥に山小屋の風情を感じる入口
木の外壁や扉、アプローチの石組など
素人っぽさがありながらも店のコンセプトがちゃんと感じられます。
 
 
 
 
 
 
 
ドアを開けると正面に焼きたてのパンが迎えてくれます。
自家製の窯で焼かれた食パンやカンパーニュ、
おいしいだけじゃなく、体にもよさそうです。
 
 
 
 
 
 
 
手前のカウンターにはスコーンやクッキーも
 
 
 
 
 
 
 
カウンターから折り返すと、
壁一面に食品や雑貨類がびっしりと並んでいます。
 
 
 
 
 
 
 
正面の壁の向こうにはもう一部屋、小さな空間があります。
 
 
 
 
 
 
 
隣の部屋へは2階へ上がる階段の脇をくぐって行くという趣向
コンビニなどの機能的な店では出てこない仕掛けがあり
オーナーがあれこれと試行錯誤しながら
楽しんで店づくりをしたのではないかと想像されます。。
 
 
 
 
 
 
 
隣の部屋にも様々な種類の雑貨が並んでいます。
小さなスペースですが、まるで小宇宙のようで
宝探しをするように、商品との出会いを楽しめます。
 
 
 
 
 
 
 
階段を上がると、屋根裏のような小さな空間
かろうじて人一人が入れる程度の狭い空間ですが
イレギュラーな空間も余すことなく使いこなしています。
 
 
 
 
 
 
 
突き出しのガラス窓
木製枠に縦縞のガラスやストッパー金物など
既製品のアルミサッシュは使わず、手作り感と素朴さを貫いています。
 
 
 
 
 
 
 
床の段差部分
 
実付きの床板の木口を現しにした蹴込み板を
そのまま床の見切りにするという潔さ
 
プロの仕事ではなかなか出てこない処理方法がむしろ新鮮で
一枚一枚、微妙に高さが揃ってないところなども
人間が手作りしたからこその揺らぎが心地よい。
 
 
 
 
 
 
陳列されている素朴でオーガニックな商品たち
 
これらの商品とお店の方向性が一貫していて
ざっくりした空間の中にも調和した世界観が現れています。
 
こんなにローコストで手作り感満載なのに
明確な方向性と軽快な創造性が発揮されていて
プロのデザインでは出てこないようなユニークさに
新鮮な感覚を味わうができました。
 
 

天空のオアシス こぞら荘

 
おおらかな景色を望む山の上に置かれた小さな小屋
 
少し前になりますが、
大阪へ行った帰りに淡路島のこぞら荘を訪れました。
 
1日3組限定の宿と雑貨やお菓子の店からなる複合施設で
少し離れた別敷地にはカフェもあります。
 
 
 
 
 
 
素朴な門柱の向こうには雑貨とお菓子の店、
その間の通路を抜けるとその先は広場になっていて
山並みを遠望できるおおらかな風景に開かれています。
 
 
 
 
 
 
広場の奥には2階建ての宿泊棟が建っています。
 
建築のデザインとして見るならば、かなりの薄味ですが
淡いグレーの外壁や水平を意識したシンプルな屋根や手すりなど
余計な虚飾を排しながらも、端正にデザインされています。
 
 
 
 
 
 
雑貨店の入口
 
吟味された木製のビンテージドアや手作りの雑貨、照明やサインなど
それぞれのオブジェが店のコンセプトをそのまま表しています。
 
 
 
 
 
 
雑貨店の脇にあるトイレの入口
 
消毒液が置かれた台は控えめなしつらえですが
簡素ながら繊細なアレンジは茶道の精神にも通ずるようです。
 
 
 
 
 
 
お菓子の店のサイン
 
黒いプレートに小さくひらがなで書かれた店のサインも
本当にさりげなく簡素なものですが、繊細さと柔らかさが感じられます。
 
 
 
 
 
 
お店で提供されているオリジナルマフィンは、
種類が豊富で選ぶのが悩ましいほどです。
 
せっかくなので数種類のマフィンを購入、
淹れたてのコーヒーとともに、風景を眺めながらオープンカフェで一服。
 
 
 
 
 
 
それぞれの建物(小屋)は余計なデザインのない簡素な佇まいで
それらが動線や風景との関係を意識して丁寧に配置されています。
 
 
おおらかな風景のもつ豊かさを壊さないように
作りすぎず、飾りすぎず、控えめながら、ほどよいバランスで
豊かな場を生み出しています。
 
まさに天空のオアシスのような心地よい時間を味わうことができました。
 

藤田美術館

全面ガラス張りの圧倒的な開放感です。
 
大阪では、中之島美術館に続き、もう一つ、美術館に行ってきました。
大阪城にも近い敷地に建つ藤田美術館です。
 
実業家、藤田傳三郎の邸宅にあった蔵を私設美術館にしたものでしたが
老朽化のため、このたび建て替えられてリニューアルオープンしました。
 
国宝9点を収蔵する美術館は、中央の一段高い白いボリュームが展示室と収蔵庫で
その外側に深い庇が伸びる開放的なロビーが広がっています。
 
 
 
 
 
 
道路越しに見たアプローチ
 
道路と敷地を隔てる仰々しい塀や柵はなく
まちに開かれた外観は、まるでモダンなカフェかショップのようです。
 
 
 
 
 
 
建物の側面もガラス張りでまちとダイレクトにつながっています。
 
貴重な美術品は外的環境からしっかり保護した上で
美術館のパブリックな部分は、思い切りまちに開いていて
機能的にも意匠的にもとても明快なデザインになっています。
 
 
 
 
 
 
こちらも敷地と道路の境界には極力高さを抑えた車止めのみで
床レベルがそろえられていてまちとの連続性が強調されています。
 
 
 
 
 
 
道路と反対側には手入れが行き届いた庭園があり、
その先にある邸宅跡の公園につながっています。
 
展示室はロビーとは対照的に自然光を遮り、明るさを抑えた空間ですが
薄暗い展示室を出ると開放的なこの庭園の景色が一気に開けます。
この庭園を見ながら外通路を通ってロビーに戻るという動線になっています。
 
まちに開いたとても小粒の美術館ですが
その空間は、 開 → 閉 → 開 と明快に場面が展開し
美術品のクオリティとともにメリハリの効いた体験を提供してくれます。